Okinawa Outreachの
ジュゴン訴訟に関する翻訳記事をこちらに転載します。
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標題の記事「気の毒なジュゴン:米国国防総省は裁判所には管轄権なしと主張”Pity the Dugongs: U.S. DOD Says Court Has No Jurisdiction”」 は、ジュゴン訴訟における国防総省の主張を米国の専門家トム・キング氏(Tom King)が批判的に解説した記事であり、2014年11月25日付で、ハフィントン・ポスト紙(The Huffington Post)に掲載された。記事の翻訳は下にあげてあるが、氏の記事をより理解していただく小さな手助けとなればと思い、沖縄で訴訟の支援をしてきた者の視点からキング氏とこの記事の意義の紹介をしてみたい。
ジュゴン訴訟は、2003年、沖縄の辺野古新米軍基地建設を阻止するため、国防総省を被告とし、日米の原告が米国でおこした訴訟である。
記事の執筆者であるトム・キング氏(正式にはトーマス・F・キング)は、ジュゴン訴訟の根拠法である米国国家歴史保存法(NHPA)の権威であり、国内の多くのケースに携わってきた。ジュゴン訴訟でも供述書の執筆者の一人であり、氏の著作の中でもジュゴン訴訟について度々触れている。日本からは、何かと模範のように思われる米国の環境/文化の保護法・制度であるが、キング氏は、政府を含めた開発事業者がそれらを形骸化していくことに批判的な視線を向け、市民が法律・制度をどのように活用し、環境/文化の真の保護ができるかの方法を提示してきた専門家である。訳者を含めた沖縄の原告支援者も、氏の著作ややりとりで多くを学んできた。ジュゴン訴訟について見解を述べる米国側の専門家として、最もふさわしい1人であろう。
ジュゴン訴訟の経緯は、キング氏の記事でも書かれているが、理解を助けるためにここで少し説明を補足しておく。ジュゴン訴訟は、国防総省がNHPAを遵守していないこと、具体的には、辺野古への基地建設によるジュゴンへの影響を「考慮する」手続きを行っていないことを訴えた裁判であった。2008年1月、サンフランシスコ地裁で原告勝利の歴史的判決が下された。国防総省はNHPAの遵守の履行が命令され、「考慮する」手続き、すなわち歴史的/文化的存在である沖縄のジュゴンへの基地建設による影響を独自に調査し、影響があるならば、その回避/緩和の対策措置を命じられたのである。その後、日本の政治的状況等(民主党政権による県外移設案)により一時停止状態が続いたが、2012年2月に再び動き始めた。
現在、訴訟は、この国防総省の遵守の手続きの履行が十分に行われたかどうかで展開されている。2014年4月に国防総省がNHPA遵守手続きの終了と、基地建設へのジュゴンへの影響はなしという判断を伝える文書を提出した。原告側はそれに対し、国防総省の履行の不備を「補足の申し立て(Supplemental Complaint)」を提出し、適切な履行を要求している。12月11日には、この件におけるサンフランシスコ地裁での公判が予定されている。
キング氏の記事はその公判前に、何に注目すべきかを米国の専門家の立場から書かれたものである。主に米国の読者のために、まず、なぜ動物であるジュゴンがその国家歴史保存法の対象になっているか、なぜ米国の法律が日本/沖縄で適用されるかなどの背景から説明している。そして、その国防総省のNHPAの遵守が、本来であればどのように執行されるべきものであるかを解説している。
キング氏が、国防総省の主張で批判している点は主に以下の2点であるといえよう。
1点目は、国防総省が主張するNHPAの遵守の仕方が、いかに本来あるべき形とかけ離れた恣意的なものになっているかという点である。「ジュゴンへの影響はない」という判断までの方法論的問題(それは沖縄防衛局と同じ手法であるが)、関心のある沖縄の住民との協議なしに、秘密裏に行われた「考慮する」手続きを批判している。
2つ目は、この問題は、「国防」「外交」関係であるゆえに、裁判所は介入できないという米国憲法(記事における「普遍的な理解」)の行き過ぎた解釈である。国防総省のこの主張が受け入れられた場合、裁判所は、常にこのような見解を出すことになるのか、とこの訴訟の影響の重要性をキング氏は示している。
米国内のNHPAを海外での適用、行政府と司法の管轄権の問題という米国の文脈から、米国の専門家が国防総省の主張を論駁する初の記事であり、その重要性は大きい。また、米国が、辺野古新基地建設の当事者であることを世界的に周知・確認する意味でも重要な記事である。2008年の原告勝訴は、事業者は日本政府であると責任逃れをしていた米国政府も事業者であることが、法的に確認されたという意義もあった。現在、新基地建設は沖縄防衛局の辺野古での海上作業に抗する沖縄との闘いが報じられることが多く、米国の責任が問われる場が少ない。その意味でもキング氏の記事は大きな意味がある。
記事中にあるとおり、キング氏は公開されていない国防総省の文書へのアクセスを試みており、決して対岸から眺める立場で執筆しているのではない。氏のそのような姿勢を知っていただくためにも、キング氏への感謝の意を沖縄から示すためにも、翻訳した次第である。
そして、キング氏が記事の最後で促しているとおり、ジュゴンとともに、多くの方にこの裁判に注視していただきたい。
河村 雅美(沖縄・生物多様性市民ネットワーク/Okinawa Outreach)
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気の毒なジュゴン:米国国防総省は裁判所には管轄権なしと主張
トム・キング (著述業、コンサルタント、考古学者)
ハフィントン・ポスト 2014年11月25日掲載
原文はこちら
Pity the Dugongs: U.S. DOD Says Court HasNo Jurisdiction
Tom King
Writer, consultant, archaeologist
11/25/2014 The Huffington Post
ジュゴンとは?
沖縄ジュゴン(Dugong dugon)は、マナティー(Trichechus sp.)の近縁であり大きくふくよかな海洋哺乳類である。減少するジュゴンの個体群は、海草藻場で摂食し、日本の沖縄本島の周りの守られた海に生息している。ジュゴンは、沖縄の人々の古来の起源と末永き繁栄に関わる沖縄の聖なる動物と、伝統的にみなされている。それゆえ、ジュゴンは日本の「文化財保護法」下での「天然記念物」として公式に登録されている。
辺野古/大浦湾[米軍基地建設]計画
沖縄における米軍の面積を減らすというプレッシャーにある米国国防総省は、沖縄本島東海岸の辺野古/大浦湾の海兵隊基地キャンプ・シュワブにおける運用統合を提案している。この提案には、ジュゴンが食べることのできる残り少ない海草藻場の一部分にかかる滑走路拡張が含まれている。米国との条約に従い、日本政府はこの提案を支持している。
沖縄の住民と日本の環境保護家はこの計画に抗してきた。しかし、政策決定過程に影響を及ぼす機会が、関心のある市民にほとんど与えられることのない、相対的に弱く中央集権的な日本の環境影響評価法に、その試みは妨げられてきた。それゆえ、日本環境法律家連盟(JELF)とその同志は、米国の法律に目を向けたのである。彼らは、[米国の代理人]アース・ジャスティスの助けを得て、2003年、これまで注目されることのなかった法的な足がかり/手段を発見した—それが米国国家歴史保存法(NHPA)の402条である。
NHPA106/402条
NHPAで最も知られている条項は106条であり、米国政府機関が--高速道路建設、基地管理、エネルギー開発のような--国内事業を、「国家歴史登録簿」に記載されている、あるいは匹敵する場所として定義されているような歴史的な場所で行う場合、事業の影響を「考慮する」ことを要求している。歴史保存諮問委員会の規則は、その考慮がどのようになされるべきかを定めている—それには、関心のあるグループとの協議、歴史的な場所を特定し、どのように事業による影響を受けるかを決定するための調査、影響についてどのように対処するか合意するための交渉が含まれている。
この法律の402条は、106条の国際版である; 402条は、[事業]受け入れ国が持つ米国国家登録簿に相当する制度に記載されている資源に対して、計画事業の影響を米国政府機関が考慮することを要求している。しかし、402条の遵守について定めてある規則はないので、政府機関はこれを無視しがちなことになる。
辺野古/大浦湾への基地拡張の計画において、国防総省が無視したようにだ。
2003年の訴訟
JELFと同志の代理人として、アース・ジャスティスは2003年、NHPA402条に違反しているとして、米国サンフランシスコ地裁に国防総省を訴えた。もちろん、ジュゴンの生息地を破壊することが、日本の文化財保護法下で登録され、それによってNHPAの保護の下におかれたジュゴンに深刻な影響を及ぼすことになるだろうということを、訴えたのである。
米国政府は当初、日本の文化財保護法は米国のNHPAに「相当」しないという理由で402条が適用されないと反論していた。なぜ適用されないのか?文化財保護法は同じような文言を用いていないし、米国国家登録簿では含まない、ジュゴンのような動物を含んでいるから、ということだ。
原告は、「相当すること」は「同一である」ことを意味していないと指摘し、米国国家登録簿は、確かに動物はリストに載せていないが、伝統的な漁業をする場のような、動物に関係することによって、歴史的に重要となった場所を載せていることを示した。それらを定めているリストと法律は、機能的には(米国国家登録簿に)相当していることを原告側は主張したのである。
裁判所は原告の主張に同意し、国防総省に402条を遵守するまで計画を進めることを禁止する指示をした。それは、裁判所によれば、日本政府と「他の関係する民間機関や個人」と協働して106条による検証の基本的なアウトラインに従うということを意味していた。
国防総省の回答
今年4月16日、国防総省は省としての検証を終えたと裁判所に報告し、基地拡張はジュゴンに「悪影響はない」という判断をした。しかし、国防総省がこの判断に至るまでに用いた手続きは、米国内で行われている106条の検討手続きにも、裁判所の指示にも、言葉の上で似たようなものになっているにすぎないと映る。
国防総省は、自分たちの判断は、様々な専門家によってなされた研究に依拠したものだという-しかし、専門家の報告書、その報告書の正式名称でさえも公開することを拒んでいる。私はこの手続きの鍵となる報告書に関して、個人的に2つの要求を行っているが、国防総省にどちらも無視されている。国防総省は私に対して、政府が「透明性」を装いながら公的な文書を隠しておくのに好んで用いる手段、つまり、情報公開法で請求するように、ともいってこない。
国防総省は、「協議した」という。しかし、それは日本の政府機関と、自らが選んだグループと個人とだけである。原告や、事業に反対するグループ、 沖縄の一般大衆とは協議していないし-何が起こっていたかを通知することさえもしていなかったのである。裁判所が国防総省にこれに添ってやるようにと命令した、106条の規則のプロセスを管轄する歴史保存諮問委員会と協議した証拠も見いだせない。
国防総省は、本質的にコントロールの効かない2次資料と、日本政府が実施した疑問点の多い環境調査に依拠し、ジュゴンは辺野古/大浦湾をあまり利用しない、もしジュゴンが辺野古/大浦湾を利用しても、基地の建設と運用で影響を被ることはあまりない、と結論付けている。そして、事業のジュゴンへの悪影響はないと裁判所に保証する一方、生じないといっている悪影響を緩和するために設計された多くの措置を約束するのである。しかし、NHPA106条のもと、いかに緩和措置を行うかについて拘束力のある協定が執行される場合とは違い、国防総省は単に「我々を信じてくれ」と言っているだけである。
国防総省は、-他のどの基準でもなく、自分たち基準を満たしたことをもって、402条を遵守したとし、原告の申し立てを却下するように裁判所に訴えている。
そして、もし裁判所が国防総省の「遵守」の質に満足しなかったらばどうなるのか。国防総省は、裁判所は管轄権がいずれにせよないのだから、それは問題ではないと提出文書で述べている。基地統合/拡張は、国防のために必要なものであり、日本との関係に極めて重大なものである、ゆえに、国防総省のいう「ジョージ・ワシントン政権以来の普遍的理解」のもとで、裁判所は行政府の決定に介入することを禁じられているというのである。
ジュゴンはどこへ?
原告側は納得していない。彼らは、国防総省が依拠している研究の包括性と方法論を批判し、もし計画が推進されたならジュゴンに破滅的な結果をもたらすことになると予測する自分たちの研究報告を公表してきた。彼らは国防総省が、NHPA106条の下で通常実施されるのと同様の方法で、協議をすることを怠ったこと、あるいは合意に達することを怠ったことを激しく非難し、国防総省が、いわゆる「普遍的な理解」の解釈においてあまりにも行き過ぎた解釈をしていることを示す多くの判例を集め示している。
私はこの議論がサンフランシスコの連邦地裁で来週行われると聞いている。ジュゴン裁判はどうなるのだろうか? 米国国防総省が国防と国際関係(外交)が関係していると判断した場合、裁判所は、国防総省の計画が、環境への影響をどのように考慮し、影響を受ける一般の人々の懸念にどのように対処しているかについて、管轄権がないという見解を出すことになるのか?
この裁判に注目しよう。ジュゴンも--聴力が高く、記憶力がよいと報告されている—、自分たちの生命の存続がこの裁判にかかっているかのように、疑いなく注目していくであろう。
(翻訳:河村 雅美)